top of page

1. 適応疾患―どのような人がこの手術を必要としていますか?

股関節は足の付け根の関節で、骨盤にある寛骨臼というボウルのような形の骨に、大腿骨頭という丸い形をした骨が組み合わさってできています。二つの骨が適切に組み合わさることで、立つ、歩く、しゃがむなどの動きを行うことができます。また、上半身の体重を両方の下肢に伝え、支える役割も持っています。


この寛骨臼の発育が、生まれたとき十分ではない方(形成不全)がいます。乳幼児のうちに股関節脱臼という形で発見される方もいらっしゃいますが、多くの場合は症状がないまま成長していきます。しかし、寛骨臼の発育が悪い場合、図1のように体重を支える部分が少なく、狭い範囲に集中してしまうため、関節に負担がかかりやすい状態が続くことになります。
 

思春期を過ぎ、骨の成長が終了した時点でも十分に発育しなかった寛骨臼をお持ちの方の一部に、股関節の痛みが生じることがあります。この痛みは関節の軟骨や周囲の組織への負担による損傷が原因と考えられています。皮膚や筋肉が損傷しても、それらの組織は自然に治癒する能力を持っています。しかし軟骨は治癒能力が低い組織であるため、ある程度以上進行した場合もう元には戻りません。


寛骨臼回転骨切り術は、軟骨の損傷が進行しすぎる前に、寛骨臼の体重を支える部分を増やすように関節の形を変えることで、一部の軟骨に集中している負担を分散する手術です。軟骨の負担を分散することにより、これ以上軟骨の損傷が進むのを抑えることが期待できます。

寛骨臼Q1_edited.jpg

図1 左:正常の股関節 :形成不全のある股関節

2. 手術方法について―どのような手術ですか?

図2(a,b)および図3(a,b)に手術の概要を示しています。皮膚の切開は太ももの外側に10-13cm程度です。まず、大腿骨の外側に出っ張った部分(大転子)と呼ばれる部分を切り、ここに付着している筋肉もろともはがすようにして関節の周りの骨を露出します。意図的に固い骨の部分で切るのは、筋肉の部分で切ってしまうと、筋肉そのものが再生しないのに対し、骨の部分で切った場合、骨折が治るのと同じ仕組みで再度骨同士がしっかり結合して治るため、術後の影響が少なくなるためです。(図2-a,b)。

寛骨臼Q2_edited.jpg

図2 
左 (a) 大転子を筋肉の付着したまま切り離します。
右 (b) ナビゲーションシステムでノミを追跡しながら、
​    骨盤の骨切りを行います。

寛骨臼(関節)の周りを丸くくりぬくように、ノミで骨盤の骨を切り、骨頭を覆う部分の骨が多くなるように切った骨を回転させます。(図3-a)この骨は時間がたつと吸収されてしまう特殊なスクリューで固定します。最後に骨と一緒にはがした筋肉を元に戻して、切った骨同士を吸収されるスクリューで固定します。(図3-b)


骨盤の骨をノミで切っていく際、小さな創からの確認では安全な手術が難しいことがあります。そのため当院では、CT画像を用いたナビゲーションシステムを併用しています。(図2-b) これを用いると手術中、骨盤のどの部位をノミで切っているかをリアルタイムに確認することができます。骨を切ったあと、計画したように切った骨を動かすことができているかも確認することができます。骨盤の内側には内臓があるため、ノミが進みすぎて内臓を傷つけてしまうことを避ける意味でもナビゲーションシステムは有用です。

寛骨臼Q2-2_edited.jpg

図3 
左 (a)  切り離した骨片を回転させ、骨頭を覆う屋根の
     部分が広くなるようにする。
右 (b) 最後に、切り離した骨片をすべて吸収される
​     スクリューで固定する。

3. この手術のメリットとデメリットはなんですか?
    またどのような人がこの手術に向いていますか?

この手術の最大のメリットは、自分の骨、軟骨を生かして関節の機能を回復できることです。自分の身体ですので、人工関節のデメリットである経年劣化の問題がありません。また、人工関節でよく言われる脱臼のリスクもありません。最大のデメリットは、切った骨が治癒するのを待つ必要があるため、リハビリテーションの進みがゆっくりで、かつ人工関節に比べて長期間にわたることです。

年齢が若い人のほうが成績が良いようです。切った骨が治癒する能力が保たれていることと、比較的長期間(1~2週)の安静を含めたリハビリテーションが必要であることがその理由です。具体的には、概ね50歳よりも年齢の若い人に適した手術と言われています。

また、関節の痛みはあるが、関節軟骨の摩耗が進んでいない人が良い適応であると言えます。関節の軟骨を再生させる手術ではないため、軟骨が保たれているうちに行うことで効果が期待できる手術です。若い方でも、すでに関節軟骨の摩耗が進んでしまっていたり、関節の変形が進んでいる場合にはお勧めできないことがあります。

4. 治療の流れ

この手術を受けることが決まったら、手術前の約1ヵ月で次のような検査などを行います。

  • 単純X線、CTなどの画像検査:手術の計画を行うために必要です。

  • 血液検査、心電図検査など:手術および麻酔の準備として必要です。

  • 自己血輸血:手術時にある程度の出血が予想される場合には、事前に自分の血液を献血と同様の手法で採血しておくことにより、必要な場合に自分の血液を輸血で体内に戻すことができます。他の人由来の輸血よりも、感染症や血液に対する異常な免疫反応などのデメリットが少ないです。貧血や体重制限により採血できないかたもいますのでご相談ください。

  • 術前併診:麻酔科やリハビリテーション科の先生にも、事前に診察していただきます。また、全身麻酔前には歯科口腔外科の診察で口腔内の環境を整えることも大事です。元々の持病などがある方は、あわせて各専門科への診察が必要になることがあります。

手術後の流れ

手術後の約1週間はベッドの上で過ごしていただきます。これには骨切りした部分がすぐにずれてしまうのを防ぐ目的があります。その後、骨切り側の足に体重をかけないようにしてベッドから車椅子に移る練習をします。車椅子に移れるようになったら、ベッドサイドではなくリハビリテーション室でのリハビリテーションが始まります。

 

体重をかけないように、両松葉杖での歩行練習から開始します。概ね手術後4週目の時点で、体重の1/3から1/2の荷重をかけて松葉杖歩行ができるようになれば退院です。

自宅でも4~5週間ほど、松葉杖歩行で全体重をかけない生活を続けていただきます。外来で経過を診ながら、全体重を骨切り側にかける歩行に移行します。その後歩行能力は回復していきますが、骨切り側の下肢は一時的に筋力が低下するため、4~6ヵ月程度は念のために通常のT杖を使用していただくケースが多くなります。

 

職場や学校への復帰時期については状況によって個人差がかなり大きくなりますので、個別にご相談ください

5. ナビゲーションシステムを応用した寛骨臼回転骨切り術

当院では、この手術にナビゲーションシステムを応用することで、安全かつ正確な手術を目指しています。

 

この手術の計画をする際、以前は単純X線写真をトレースし、2次元の図面で計画を行っていました。しかし、現在ではCT画像から構築した骨の立体モデルをコンピューター内で仮想的に骨切りすることで、3次元的な手術計画の実施が可能となっています。(図4)

寛骨臼Q5.jpg

図4 3次元的な手術計画の例

そして、その3次元的な手術計画データをナビゲーションシステムに取り込むことで、実際の手術においても計画どおりの骨切りを再現することが可能となっています。

 

また、以前は骨の形を肉眼的に確認するために広い切開を行っていましたが、これもナビゲーションシステムの利用により、より小さい創での手術が可能となりました。また、執刀医からは見えない、骨の内部に切り込んでいくノミなどの器具の先端位置をリアルタイムに把握することができます。(図5) そのため、血管や内臓を傷つけることを未然に防ぎ、安全に骨切りを行うことができます

寛骨臼Q5-2.jpg

図5 ナビゲーションシステムを用いた骨切り。画像内の十字の交点が、骨切り中のノミの先端の位置を示している。

(図4,5 参照元:Inaba Y, Kobayashi N, Ike H, Kubota S, Saito T. Computer-assisted rotational acetabular osteotomy for patients with acetabular dysplasia. CiOS Clin Orthop Surg 2016;8:99–105. )

bottom of page